ダボが、軽い脳梗塞になった話は、何回となく書いている。
「6月13日(https://www.daiichi-printing.com/blog/06/1824/)」
「未練(みれん)(https://www.daiichi-printing.com/blog/06/3305/)」
「引退(https://www.daiichi-printing.com/blog/06/4119/)」
「デフレーション(https://www.daiichi-printing.com/blog/06/4964/)」
先週の水曜日(2月4日)、日赤病院の定期検診でした。
ダボが脳梗塞になったのは、平成17年(2005年)6月13日なので、あの後、20年8ヶ月が過ぎた。
この時の話は、何回も書いているので、細かい話は載せないが、夜中に緊急でK病院に行った。
夜間担当医の専門は、小児科で、翌日は何処かの病院で再度診てもらって下さい、との判断でした。
その後、日赤の専門医に診てもらったら、話を聞いただけで、
「貴方、右の脳の梗塞です。即、入院して、溶解処置をします。」
と言われ、ポロシャツ姿で入院した。
あれから20年8ヶ月、過ぎた。
その時、診てくれた医師がS先生でした。
そのS先生が、3月で定年退職となってしまうので、先週が最後の診察となってしまった。
月日の流れは早いが、当時ダボは、53才、S医師は44才の時だ。
入院時、本館は立て直しが出来ておらず、まだ暗い病棟だった。
中町側に新しく出来た棟に、リハビリ室があったので、道路上の通路を車椅子で移動した事を覚えている。
・本当に長い間、S先生、ありがとう。又、何処かでお会い出来る事を楽しみにしています。
・この先20年は、どうなるだろう?94才になるが、想像が付かない。
記 ダボ・イトウ





