ダボは鰻が好きだ。
人宿町の「池作」に昼食を食べに、時々行く。
持ち帰り弁当は、浅間神社横の「かがりび」で上弁当を汁だくで買って、家で食べる。
浅間神社前に「京丸」さんが、「かがりび」さんが出来る前、永く店を開いていたが、競合は難しく、「京丸」さんは撤退してしまった。
ダボは、蒲焼が好きだが、娘二人は白焼が好きだ。
清水の庄福町に「橋本」と言う鰻屋さんが在る。
ここの「極」と言うメニューは、白焼と蒲焼と両方が食べられる。(他店で「紅白」とか言う名前で両方を供する店もある。)
つまり、中間で丁度良くなり、「万歳!」と言う訳にはならない。
何故なら、ダボは蒲焼だけの方が好きですので。
[「極」は知らない人を連れて行くと喜ぶが。。。]
清水と言えば、新清水を南に下った処に、某洋品店がある。
この店は、特殊物の店で有名です。
中学3年生の時、ここで「ラッパズボン」を買った事を覚えている。
「ラッパズボン」所謂、今風の言葉では、「パンタロン」です。
このズボンが特殊で、裾外側にファスナーが付いていて、学校に行く時は、ファスナーを降ろして、普通の学生ズボン。
学校から帰る時は、ファスナーを開けると、「赤い蹴出」ではないが、色が出てくる代物でした。(ダボはムラサキが好きなので、ムラサキ)
ダボが中学生の時は、昭和40年代で、その前の30年代は「ラッパズボン」の反対に、「マンボズボン」が流行っていたらしい。
裾幅の広い(ラッパ)の反対に、裾幅が狭い(マンボ)が若者のファッションだった。
ネクタイも同じである。
昭和30年代は、細いネクタイが流行っていて、当時の俳優達の背広、ネクタイ姿は格好良い。
それが少し経つと、背広の襟も広くなったりして、中間で止まっている事はない。
※ゴルフの先輩K氏は、球が曲がらず、「ネクタイの幅が有れば充分」と言っていた。
御年85才。
近頃ネクタイの幅も少し広くなって来ている。
それでも、ダボの腰回り程度で、曲がらない!
丁度、1ヶ月前、高市早苗総理が、「台湾有事が、存立危機事態になり得る」と、当たり前の事を言ったら、中国側の反発にあい、旅行制限とか、水産物の輸入とか理屈を捏ねて対応している。(ダボは、このブログでは、政治の話、宗教の話、プロ野球の話は、含蓄が無いので、書けない。)
この話は、政治的な話ではない。
中間の話である。
右に傾けば、今度は左に寄る。
つまり、行ったり来たりです。
円高で輸出が困ると、1990年頃に言っていたが、近頃は、150円を越える対ドル相場で、輸入品が高くて困ると言っている。(中間はわからん!)
中間を探すのは難しい。
中間は、端と端の間だが。。。(Y氏とダボの中間は、普通の人。)
追記:
元日銀黒田総裁の低金利策で、0が低金利の端だと思っていたが、マイナス金利なんて、想像がつかなかった。
美女の3/4カップブラジャーが、露出限度だと思っていたら、紐になるので、世の中はわからん。
記 ダボ・イトウ














