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命日

三十三間堂の前で

今日、11月2日は、母の命日です。

平成18年11月2日午後1:00に静岡日赤病院で亡くなった。

享年95才の人生でした。

大正元年10月28日 東京牛込区(今の新宿区)鶴巻町の生まれ。

僕を40才の時に産んでくれた。

兄とは2才違いなので、兄は38才の時。

当時としては珍しい高齢出産でした。

高齢で産んだ子供なので、僕等兄弟は、溺愛の中で育った。

依って、兄弟共、同じ様に個性の強い(単にわがまま)性格になった。

 

親も子離れしなかったが、子供も親離れしない関係であった。

トップの写真は、京都に二人で、平成15年に行って、三十三間堂の前で撮った写真です。

会社の机の前に飾ってあり、毎日見ている。

 

亀戸天神の太鼓橋の前で

この写真は仏壇の中に飾ってある。

本来、浄土真宗大谷派は、位牌や写真を飾らないが、想い出の有る写真なので、父の遺影の横に置いてある。

想い出と言うのは、当時5月の連休には、東京にしばしば出掛けていた。

東京育ちなので、何処か遠くの観光地に行くより、銀座に出るのが好きな母であった。

銀座へ行くと必ず鳩居堂とワシントン靴店で買い物をするのが好きだった。

 

時間が有ったので、下町の亀戸天神に連れて行った。

行くとは言わず、単に昔の名所へ行っただけだったけど、母にはすごく想い出のある処だった。

「ヒトシ、私が本当に小さい頃、母に連れられて来たのよ。

省線に乗って、帰りに支那料理を食べたの。」

と懐かしく話をしてくれた。

母の母(イサさんと言うらしい)の事など、全く知らない。

でも、母の感激は凄かった。

 

母の亡くなった後、もう一度行ってみたいと思っているが、亡くなって9年、まだ果たしていない。

近々、娘を連れてこの話をしてあげたいと思っている。

「JR線に乗って行き、中華料理を食べて来よう」

僕も思わず国鉄と言ってしまいそうで、子供に、僕が母の言葉の古さを感じた様に想い出を残してあげるつもりである。

 

         記 ダボ・イトウ

 

命日” への1件のコメント

  1. 改めて、伊藤社長の家族思いを勉強させていただいています 父親は亡くなりましたので、母親には想いでをプレゼントして参ります

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