写真は、安倍川の土手の横の道路から撮った富士山です。
27年前(1999年 平成11年)の明後日(2月21日)に、この場所で見た富士山は、今でも鮮明に覚えている。
写真と同じ様に青空の下、雪の富士山が綺麗だった!
ダボ47才の時でした。
この時、まだ母は健在で、母と霊柩車に乗って斎場に向かう途中でした。
今日(平成11年2月19日)、父(伊藤勲)が80才で、静岡市立病院で息を引き取った。(享年80才)
晩年3〜4年は、肺気腫で酸素ボンベを付け、苦しい生活が続いていたので、偲び難かった。
自宅の階段も登る事が難しくなり、簡易昇降席を設置した。
(27年前も経つと、近頃はダボが使う様になるので、便利である)
父は、ダボと違い、規則正しい生活をする人でした。
お酒は好きで、日本酒を毎日必ず二合、飲んでいた。
たまには、少し多く飲みたいと思う事もあっただろうが、決して決して酒器(ちろり)一回しか入れなかった。
※ダボは、酒量を決めず、飲みたいだけ、飲めるだけ、のべつ幕なし飲んでいた。
肺気腫で辛い晩年であった。
肺気腫の発症は、喫煙が一つの原因と言われている。
真面目な性格な人だったので、生前父に、聞いた事がある。
「父さんみたいな人が、何故煙草を吸ったの?」
父が言った。
「俺は二十才になるまで、酒も煙草の習慣もなかった。軍隊で、支給されたので、何時しか習慣になってしまった。」
晩年、父の主治医、市立病院のH田医師が、ダボに言った。
「肺気腫は遺伝します。病気は遺伝しませんが、性格は遺伝します。貴方も気を付けてください。急勝な人になりがちな病気です。」
確かに父親は、急勝でした。
ダボも父に負けず劣らず、急勝です。
良い処は似ず(真面目)、悪い処(急勝)は似てる。
先月末で、第一印刷(株)は、法人決算73期を終了して、今月から74期に入りました。
父は、昭和28年から、23年間、経営に関しては、一人で責任を持ち、昭和51年から平成11年まで23年間、ダボと二人で経営に当たって来た。
父が亡くなって27年。
つまり、ダボ一人で経営を27年行ってきたが、23年周期を考えると、4年も過ぎてしまっている。
若い活力の有る人に任せて、新時代の会社経営を託したいと思っている。
2021年10月3日のブログ「新時代(https://www.daiichi-printing.com/blog/10/10022/)」の時は、高市早苗氏は、自民党総裁になれなかったが、今や解散を行って衆議院2/3の議席を持って、新たな日本のリーダーとなっている。
追記:
「新しい酒は、新しい皮袋に入れろ!!」
「畳と精力剤は新しい程良い!!」
記 ダボ・イトウ













