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家督 VOL.6 – NO.484

祝賀御列の儀(11月10日)

ダボの大学時代の先輩G氏は東北地方の某県で代々(16代と当時聞いた)続く名家の長男であった。当時(約45年前)G氏の家が持つ山林は見廻るのにヘリコプターを使うと聞いた事があった。「一度 遊びに来いで」と言われていたが、その機会はなく、ご無沙汰の関係となってしまった。

当時、酒を飲みながらよく話をしている時に、G氏は「ご先祖様」と言う言葉が頻繁に出ていた。つまり代々引継がれている伝統と家系を守ると言う使命が幼少の時から育まれていたと言う事であろう。

G家の広大な所有林

ヘリコプターでないと見廻れない

色々な話の中で先輩のお父さんの世代以前は、長男だけが家に残り、弟達は皆ムコ養子に入って家を出てゆき、家督相続で長男が家を守って来た。G氏も当然 全ての田畑・山林・屋敷を一人で引継ぐ意識であった。

名家は維持が難しい

 

戦後 法律の改正により相続は家督相続から共同相続に変り、子供の権利は民主的?に平等となった。数年前G氏のお父様が亡くなり相続が発生し、G氏の弟さんと相続の分配で決着がなかなか着かず、兄弟の仲が悪くなったという様な事を、風の便りで聞いた。

 

僕の母は父親を若くして亡くした。所謂、戸主が亡くなったので、子供が一人だった母が家督を相続した。(大正の話である為、これは母が亡くなった時、戸籍をみて初めて知った。)

隠居や勘当と言う言葉も戦前では法律に則った行為で、恣意的な話ではない。
家(戸主)制度は民主的でなく、大東亜戦争の一つの原因となったと、占領軍の方針で制度の見直しが計られた。制度は時代と共に変化する。金科玉条的な硬直化した考えは時代に合わない。然しながら制度を変えると良い面もあれば、逆に多くの問題点も出てくる。されば又、制度を変えれば良い。選挙制度と同じ、サッカーの監督の交代も同じ様なものだ。

前述のG氏宅の様に、共同相続になった現在の法律では問題も生じてくる。兄弟の関係に溝が生まれてしまう。近頃の銀行・保険会社では相続セミナーが営業の切り口で案内がよく来る。

そうぞくセミナーの案内

 

 

祝賀御列の儀

 

11月10日、天皇陛下の祝賀御列の儀で国民が斉しくお祝いを申し上げた。天皇陛下の帝王学を学ばれた姿、皇后様の美しさは、日本国民、令和と言う時代の制度として沿道にはお祝いの人が並んだ。新しい時代の幕明けだ!!
(八咫鏡は割ることが出来ないのはあたり前である)

 

 

            記 ダボ・イトウ

 

 

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