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自助 VOL.6 – NO.471

前回のブログ 台詞(セリフ) VOL.6 – NO.470(http://www.daiichi-printing.com/blog/08/6455/)の続きのような話です。

母・伊藤千代子

僕の母は平成18年11月2日に亡くなった。
東京市牛込区鶴巻町に大正元年(1911年)10月28日に生まれた。(亡くなった時は95才)(東京都でも新宿区でもない)
僕(ダボ・イトウ)は昭和26年生まれなので、母が40才の時の子供である。(当時としては凄く高齢出産であった)



大正12年(1923年)9月1日(96年前)に発生した関東大震災の時、母は11才であった。生前に「下町が真っ赤に燃えていた。」「余震が怖くて、その晩は家の外で寝たわよ」と当時の事を鮮明に覚えていた。

2011年3月11日に発表した巨大地震「東日本大震災」で防災意識が高いころに町内会長をしていた10年前を振り返ってみると、活動はやはり「地域社会の一員として何が出来るか?」と言う「共助」と言うスタイルであった。

あれから10年、近頃は「防災」と言う考え方から「減災」と言う様に変化している。

何か?発生した時、10年前は「公助」と言う考えが主流であった様な気がするが、「共助」変り、今現在の中心は「自助」と言うスタイルに変っている。やはり「公助」とか「共助」はこの次で「自らが自らを守る」時代の到来となっているだろう。

病気も然り。病気になってお医者様に治療して貰う時代から、自らが自らを守る時代の到来で「予防」と言う考えが主流となっている。

受動喫煙防止

 今夏の参議院選挙の前、突如 「老後資金2,000万円」の話が持ち上がった。話は選挙前と言うことで不問にして、この問題を論議しなかった。選挙が終って8月27日になって年金の見通しが発表された。

 

年金で老後を暮らしてゆける「公助」の時代は終っているのである。今や「自助」の時代に入っている。これは悪政と言う事ではなく、成長できない時代が続くと言うシグナルである。10年物国債の金利もマイナスである。このブログでも「坂の下の霧 」と言うタイトルを書いた事がある。
(坂の下の霧 VOL.5 – NO.420 http://www.daiichi-printing.com/blog/11/5364/
坂の上の成長する、夢のある雲を目指す時代は今や変化している。「公助」「共助」が一番の考えでなく後に来ている時代はやはり淋しい。

成長しながら社会に目が向くような時代を目指して活動してきたはずなのに、何か世界でも「ファースト」と言う言葉が流行っている。

ちょっと思い出してみた!平成26年 その時の会社の行動指針。

 

すでに5年前に舵はきられているのである。

でも言いたい!

「お客様 助けて下さい!」と。

 

 

 

        記 ダボ・イトウ

 

 

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